各時代の大争闘
法王側の妨害
チューリヒにおける宗教改革は、一歩一歩進んでいった。敵は驚いて、活発に反対運動を起こした。一年前にウィッテンベルクの修道士が、ウォルムスにおいて法王と皇帝に対して否と言い、今チューリヒにおいても、法王の命令に対して同様の抵抗が起ころうとしていた。ツウィングリに対して、繰り返し攻撃が向けられた。法王に属する州においては、しばしば、福音 GCJap 208.4
の使徒たちは火刑に処せられた。しかし、これでも十分ではなかった。異端を唱えた教師を沈黙させなければならなかった。そこで、コンスタンツの司教は、三人の使節をチューリヒの議会に派遣して、ツウィングリは人々に教会の規則を破ることを教えており、社会の平和と秩序を乱すものであると非難した。もしも教会の権威をくつがえすならば、至るところに、無政府状態が起こるであろう、と彼は主張した。ツウィングリはそれに答えて、自分は四年間、チューリヒにおいて福音を教えてきたが、「ここは、連邦の中で、他のどんな都市よりも、平穏で平和であった」「それだから、キリスト教は、一般社会の安全を保障する最善のものではないだろうか」と言った。 GCJap 209.1
教会以外に救いはないと言って、使節たちは議員たちに、教会にとどまるよう勧告した。ツウィングリは次のように答えた。「このような非難を受けても、動じてはならない。教会の基礎は、ペテロが忠実にキリストを告白したゆえにペテロにその名を与えられたその同じ岩、同じキリストである。どの国においても、イエス・キリストを心から信じる者はみな、神に受け入れられる。まことに、ここに教会がある。これ以外においては、だれも救われることはできない」。これらの協議の結果、司教の使節の一人は改革派の信仰を受け入れた。 GCJap 209.2
議会はツウィングリに不利な決議をすることを拒んだ。そこでローマは、新しい攻撃の用意をした。ツウィングリは、敵の策略を知らされた時、このように叫んだ。「攻めてくるなら来い。突き出した絶壁が、そのふもとに打ち寄せる波に動じないように、わたしも恐れない」。聖職者たちのすることは、彼らがくつがえそうとしたその運動を、促進するだけであった。真理は広がり続けた。ドイツの支持者たちは、ルターが行方不明になったために失望したが、スイスにおける福音の進展を見て、勇気を取り戻した。 GCJap 209.3
チューリヒにおいて宗教改革が確立した時、その結果は、悪徳の鎮圧と、秩序と調和の促進となって著しくあらわれた。「平和がわれわれの都市に宿っている。口論、偽善、嫉妬、争闘はない。主とわれわれの教義を除いてほかのどこからこのような一致が与えられるであろうか。これは、われわれを平和と敬虔の実で満たすのである」 GCJap 210.1