患難から栄光へ

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パウロの召し

パウロはユダヤ社会の指導層に属するものとして、この新しい宗教に激しい敵意を燃やしてい た。彼はイエスの弟子たちを、男女にかかわらず捕らえて、ひどい迫害を加えていった。そのようなパウロに、彼の生き方を百八十度転換させる出来事が起こったのである。それはイエスの弟子たちに起こった変化と同じ、いやそれ以上の劇的経験であった。それは甦ったキリストが、迫害者パウロにご自身を現わされた事件であった。 AAJ 3.4

事件の詳細は本書の記事にゆずるとして、この出来事の意義は広く深いものがある。イエスはパウロを特別な使命のために召し出されたのである。その使命とは異邦人(非ユダヤ人)伝道であった。イエスの宗教はローマ帝国の辺境に生まれたものであったが、それは初めから世界宗教としての特質を備えていた。しかし生まれたばかりのキリスト教会においては、ユダヤ人のもつ民族的な壁にさまたげられて、世界宗教としての発展がおさえられていた。 AAJ 4.1

ここに殻を破る人物が必要であった。長い年月の間につちかわれた伝統と慣習と民族の誇りを打ち破って、異民族がへだてなく同じ信仰に結ばれ、愛の共同体をつくっていくためには、理論と実践を共にもつ人間が必要とされた。パウロはこの任務を果たすのに最もふさわしい人物であった。彼はユダヤ人として最も高い教育をうけ、またギリシヤ哲学や文学の素養をもっていた。またずば抜けた実践力と豊かな感性を備えていた。しかしパウロがイエスの使徒として異邦人の間で働きはじめる前に、イエスの宗教の本質を深くさぐる必要があった。パウロはアラビヤの砂漠に退いて、瞑想と研究に時を費やした。 AAJ 4.2

パウロは荒野で孤独な生活を送ると共に、これまでの生活を支えてきたユダヤ議会の議員とい う社会的地位や、名門ガマリエル塾の誇りを捨て去った。そこで彼はイエス・キリストとの新しい人格関係を築きあげ、神がこの世界に行われた救いを自分の総力をあげて理解し、自分のものとして再構成した。 AAJ 4.3

パウロは自分がイエスの宗教の本質として理解したものを、地中海世界の町や村に伝道していった際に各地にいるキリスト信徒たちに書き送った手紙の中で、明らかにしている。これらの手紙は新約聖書の中に十三通あって、それぞれ特殊な事情のもとに書かれたが、当面する問題の解決と共に、永続的な真理を解明しているのである。 AAJ 5.1