各時代の大争闘
争闘と流血
「叫びは地の果にまで響きわたる。主が国々と争い、すべての肉なる者をさばき、悪人をつるぎに渡すからである」(エレミヤ書25章31節)。大争闘は、六千年にわたって続いてきた。神のみ子と天使たちは、人類に警告し、啓発し、そして救いをもたらすために、悪魔の力と闘ってきた。今や、すべての者が決定を下した。すなわち、悪人は、神に反抗するサタンの戦いに、完全に加担した。神が、踏みにじられたご自分の律法の権威を擁護される時が来たのである。今や争闘は、サタンとの争闘だけでなく、人間との争闘ともなる。「主が国々と争い」「悪人をつるぎに渡すからである」 GCJap 761.1
「その中で行われているすべての憎むべきことに対して嘆き悲しむ人々」に、救いのしるしがつけられた。今や、エゼキエルの幻の中で、その手に滅ぼす武器を持った人々に命令が与えられたように、死の天使が出て行く。「老若男女をことごとく殺せ。しかし身にしるしのある者には触れるな。まずわたしの聖所から始めよ」「そこで、彼らは宮の前にいた老人から始めた」と預言者は言っている(エゼキエル書9章1~6節)。滅びの働きは、人々の霊的保護者と称してきた人々から始められる。偽りの夜回りがまず第一に倒れる。憐れんだり助けたりする者はない。老若男女がみな滅ぼされる。 GCJap 761.2
「主はそのおられる所を出て、地に住む者の不義を罰せられる。地はその上に流された血をあらわして、殺された者を、もはやおおうことがない」(イザヤ書26章21節)。「エルサレムを攻撃したもろもろの民を、主は災をもって撃たれる。すなわち彼らはなお足で立っているうちに、その肉は腐れ、目はその穴の中で腐れ、舌はその口の中で腐れる。その日には、主は彼らを大いにあわてさせられるので、彼らはおのおのその隣り人を捕え、手をあげてその隣り人を攻める」(ゼカリヤ書14章12、13節)。自分たち自身の激しい怒りによる争いと、神の、憐れみを混じえない怒りの恐るべき降下によって、地の悪しき住民たちは、聖職者も為政者も民衆も、金持ちも貧しい人も、地位の高い者も低い者も、倒れてしまう。「その日、主に殺される人々は、地のこの果から、かの果に及ぶ。彼らは悲しまれず、集められず、また葬られずに、地のおもてに糞土となる」(エレミヤ書25章33節)。 GCJap 761.3