各時代の大争闘

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神の民の経験

この迫害の時に、主のしもべたちの信仰が試みられる。彼らは、神と神の言葉だけに頼って、忠実に警告を発してきた。神の霊が彼らの心を動かして、彼らに語らせたのである。彼らは、聖なる熱意と神の強い力に刺激されて、主が彼らに与えられた言葉を人々に語ることの結果などは少しも考えに入れずに、彼らの義務の遂行に取りかかった。彼らは、現世の利益を考えたり、名声や生命を保とうとしたりはしなかった。しかし、反対と非難の嵐が彼らに襲いかかる時、ある者は、驚きのあまり、「もしわれわれの言葉の結果を予知していたら、われわれは黙っていたであろうに」と叫ぶであろう。彼らは困難に取り囲まれる。サタンは激しい誘惑をもって彼らを攻撃する。彼らが手がけた仕事は、とうてい彼らの能力では成し遂げられないように思われる。彼らは滅亡に脅かされる。彼らを活気づけた熱は去った。しかし彼らは引き返すことができない。その時彼らは、自分たちの全くの無力さを悟り、全能者のもとに逃れて力を求める。彼らは、自分たちが語った言葉が、自分たちの言葉ではなくて、警告せよと命じられた主のものであったことを思い出す。神が彼らの心に真理を入れられた。そして彼らは、それを宣べ伝えざるをえなかったのである。 GCJap 706.1

過去の時代の神の人々は、この同じ試練にあった。ウィクリフ、フス、ルター、ティンダル、バクスター、ウェスレーたちは、すべての教理は聖書によって吟味されるべきで、聖書が認めないものはすべて拒否すると宣言した。迫害はこれらの人々に対して、情け容赦なく猛威をふるった。しかし彼らは、真理を伝えることをやめなかった。教会史上の各時代は、その時代の神の民の必要に応じた特別な真理の展開によってそれぞれ特徴づけられている。新しい真理はみな、憎悪と圧迫を押しきって進んだ。真理の光を受けた人々は、誘惑と試練にあった。主は、危急の場合には、人々に特別な真理をお与えになる。いったいだれが、それを布告することを拒むことができようか。主はご自分のしもべたちに、最後の憐れみの招きを世に提示するよう命じられる。彼らは、黙っていることができない。もし黙っていれば、彼らの魂が危機に瀕するのである。キリストの使者たちは、結果には関係しない。彼らは自分たちの義務を遂行して、結果は神にゆだねなければならない。 GCJap 706.2