人類のあけぼの

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第69章 ダビデの即位

本章は、サムエル記下2~4章、5:1~5に基づく PP 363.11

サウルが死んだために、ダビデは追放のうきめにあった危険状態から脱出した。彼が自国に帰る道が、今、開かれた。サウルとヨナタンのための悲しみの期間が過ぎたとき、「ダビデは主に問うて言った、『わたしはユダの一つの町に上るべきでしょうか』。主は彼に言われた、『上りなさい』。ダビデは言った、『どこへ上るべきでしょうか』。主は……『ヘブロンへ』」と言われた(サムエル記下2:1)。 PP 363.12

ヘブロンは、ベエルシバから北方20マイルのところにあり、ベエルシバと将来エルサレムになる場所の、ほぼ中間に位置していた。ここは、はじめアナクの父アルバの町、キリアテ・アルバと呼ばれていた(ヨシュア14:15、21:11参照)。のちに、それは、マムレと呼ばれ、ここに、父祖たちの埋葬場「マクペラのほら穴」があった(創世記49:30、31参照)。ヘブロンは、カレブの所有であって、今は、ユダの首都になっていた。それは、肥えた山々や実り豊かな土地にかこまれた谷間に位置していた。パレスチナの最も美しいぶどう園が、その周辺にあり、オリブその他の果樹園も数多く点在していた。 PP 363.13

ダビデと彼の従者たちは、すぐに神から受けた指示に従う準備をした。やがて、600人の武装した軍人とその妻子たちと、彼らの牛や羊が、ヘブロンに向かって行った。この旅の一団が町にはいると、ユダの人々は、ダビデを将来のイスラエルの王として歓迎しようと待ちかまえていた。すぐに彼の即位式の準備が行われた。彼らは、「その所でダビデに油を注ぎ、ユダの家の王とした」(サムエル記下2:4)。しかし、武力によって、彼の権威を他の部族にまで確立しようとはしなかった。 PP 363.14

新たに即位した王の最初の行動の1つは、サウルとヨナタンの死に対して、心から追悼の意を表することであった。ヤベシ・ギレアデの人々が、勇敢に倒れた指導者の遺体を取りもどして、丁重に葬ったのを知って、ダビデは、ヤベシに使者をつかわして言った。「あなたがたは、主君サウルにこの忠誠をあらわして彼を葬った。どうぞ主があなたがたを祝福されるように。どうぞ主がいまあなたがたに、いつくしみと真実を示されるように。あなたがたが、この事をしたので、わたしもまたあなたがたに好意を示すであろう」(同2:5、6)。そして彼は、自分がユダの王位についたことを発表して、これまで誠実に彼に仕えた人々の忠誠を促した。 PP 363.15

ユダの人々がダビデを王にしたことに対して、ペリシテ人は反対しなかった。彼らは、サウルの王国を弱めるために、放浪中のダビデを助けたのであった。そして、今、ダビデの勢力が拡大されたことは、かつて、彼らが彼を親切に扱ったために、結局、それが自分たちの利益になることを希望した。しかし、ダビデの治世には、困難がなかったわけではなかった。彼の即位と共に、謀反と反逆の暗い記録が始まった。ダビデは、謀反を起こして王位についたのではなかった。神が彼をイスラエルの王に選ばれたのであって、だれもそれに対して不信をいだき、反対する者はなかったのである。ところが、アブネルの策動によって、サウルの子のイシボセテが王であると宣言されて、イスラエルにおいて彼に敵対する王国が建設されたのであったが、そのとき、ユダの人々は、彼の権威を認 めようとしなかった。 PP 363.16

イシボセテは、サウル王家の弱い無能な代表者であったが、ダビデは、王国の責任をになうのにはるかに卓越した資格の持ち主であった。イシボセテを王位につけた主謀者のアブネルは、サウルの軍勢の指揮官で、イスラエル中で最もすぐれた人物であった。アブネルは、ダビデが、イスラエルの王として、主に油を注がれていたことを知っていた。しかし、長い間、彼を捜し求めて追跡したために、エッサイのむすこが、サウルの支配じた王国を継承することを快諾しなかった。 PP 364.1

こうした事情のもとにあって、アブネルは彼の本性を現し、彼が野心家で無節操な人間であることを暴露した。彼は、サウルと親しく交わっていたので、王の精神に感化され、神がイスラエルの王位に選ばれた人を軽蔑した。サウルが陣営で眠っていて、王の水のびんとやりが彼のそばから奪われたときに、ダビデが彼を激しく責めたことがあった。そのために、彼は、ますますダビデを憎んだ。彼は、ダビデが、王とイスラエルの人々の前で言ったことを覚えていた。「あなたは男ではないか。イスラエルのうちに、あなたに及ぶ人があろうか。それであるのに、どうしてあなたは主君である王を守らなかったのか。……あなたがしたこの事は良くない。主は生きておられる。あなたがたは、まさに死に値する。主が油をそそがれた、あなたの主君を守らなかったからだ」(サムエル上26:15、16)。この譴責は、彼の心に食い入った。そして、彼は、報復を企てて、イスラエルを分裂させ、それによって自分の地位を高めようと決心した。彼は滅びた王家の一員を利用して、自分の利己的野心と目的を達成しようと企てた。彼は、人々がヨナタンを愛していたことを知っていた。ヨナタンの思い出は、心に深く秘められていた。そして、軍勢は、サウルの最初の遠征の勝利を忘れてはいなかった。この反逆の指導者は大義名分を掲げて、彼の計画の実行にとりかかった。 PP 364.2

ヨルダン川の向こうのマハナイムが、王の住居に選ばれた。そこは、ダビデまたはペリシテ人の攻撃に対して最も安全であったからである。ここで、イシボセテの戴冠式が行われた。初め、ヨルダンの東の部族だけが彼の治世を承認したが、それは、ついにユダを除く全イスラエルに及んだ。サウルのむすこは、彼の隔離された都で、2年の間世を治めた。しかし、アブネルは、自分の権力をイスラエル全上に及ぼそうと考えて、攻撃の準備を進めた。「サウルの家とダビデの家との間の戦争は久しく続き、ダビデはますます強くなり、サウルの家はますます弱くなった」(サムエル記下3:1)。 PP 364.3

ついに、敵意と野心によって築かれた王座は、裏切りによって転覆された。アブネルは、弱く無能なイシボセテに腹を立て、ダビデに走って、イスラエルの全部族を彼に引き渡すことを提言した。王は、アブネルの提案を承認した。彼は面目を保って、その計画を実施するために王の前を退いた。ところが、ダビデの軍勢の指揮官のヨアブは、この勇敢で名高い戦士が王に歓迎されたことをねたましく思った。アブネルとヨアブの間には流血ざたがあった。アブネルは、イスラエルとユダとが戦ったときに、ヨアブの兄弟アサヘルを殺していた。ヨアブはこれを機会に、自分の兄弟のあだを打ち、自分に対抗することになる敵を倒そうと考えて、卑劣にもアブネルを待ち伏せて殺した。 PP 364.4

ダビデは、この邪悪な攻撃のことを聞いて叫んだ。「わたしとわたしの王国とは、ネルの子アブネルの血に関して、主の前に永久に罪はない。どうぞその罪がヨアブの頭と、その父の全家に帰するように」(同3:28、29)。これには、ヨアブと彼の弟アビシヤイが荷担していたダビデは、国家がまだ不安定であることと、殺人者たちが権力と地位を占めた人々であったために、その犯罪に正当な罰を下すことができなかった。しかし彼は、公然とこの流血ざたに対する憎悪を表明した。アブネルの葬式は、公式の行事であった。ヨアブを先頭にして、軍隊は衣服を裂き、荒布をまとって悲しみの列に加わるように要求された。王は、埋葬の当日、断食して悲しみを表した。王は喪主として、棺のあとに従った。そして王は、墓で悲し みの歌をうたった。それは、殺人者たちに対しては痛烈な譴責であった。王は、アブネルを悲しんで言った。 PP 364.5

「愚かな人の死ぬように、 PP 365.1

アブネルがどうして死んだのか。 PP 365.2

あなたの手は縛られず、 PP 365.3

足には足かせもかけられないのに、 PP 365.4

悪人の前に倒れる人のように、 PP 365.5

あなたは倒れた」 PP 365.6

(サムエル記下3:33、34) PP 365.7

ダビデが彼の恨み重なる敵を寛大な心をもって弔ったことは、イスラエル全土の信頼と賞賛をかちえた。「民はみなそれを見て満足した。すべて王のすることは民を満足させた。その日すべての民およびイスラエルは皆、ネルの子アブネルを殺したのは、王の意思によるものでないことを知った」(同3:36、37)。王は、信頼している大臣や家来たちに、この犯罪について内密に語り、自分が希望するとおりの罰を殺人者たちに与えることができないことを認めて、神の正義に彼らを委ねた。「この日イスラエルで、ひとりの偉大なる将軍が倒れたのをあなたがたは知らないのか。わたしは油を注がれた王であるけれども、今日なお弱い。ゼルヤの子であるこれらの人々はわたしの手におえない。どうぞ主が悪を行う者に、その悪にしたがって報いられるように」(同3:38、39)。 PP 365.8

アブネルは、誠意をもってダビデに提言し、申し述べたのであったけれども、彼の動機は卑しく利己的であった。彼は、神が任命された王にしつこく反抗し、自分の栄誉を追求していた。彼が長い間努力してきた運動を放棄したのは、恨みと傷つけられた誇りと激情とのゆえにであった。彼は、ダビデのところに走って、彼の軍の最高の栄誉の地位につきたいと望んだ。もしも彼の企てが成功したならば、彼の才能と野心やその大きな勢力と敬神の念の欠如などが、ダビデの王位と王国と繁栄を危機に陥れたことであろう。 PP 365.9

「サウルの子イシボセテは、アブネルがヘブロンで死んだことを聞いて、その力を失い、イスラエルは皆あわてた」(同4:1)。王国を長く維持することができないことは明らかであった。やがて、もう1つの裏切りの行為によって、衰えつつあった勢力は完全に没落してしまった。イシボセテは、2人の部下の不意打ちにあって殺された。彼らは、彼の首を切って、ユダの王の歓心を買おうと思って、急いでそれを持って来た。 PP 365.10

彼らは、ダビデの前に現れて、自分たちの犯罪の血なまぐさい証言をして言った。「あなたの命を求めたあなたの敵サウルの子イシボセテの首です。主はきょう、わが君、王のためにサウルとそのすえとに報復されました」(同4:8)。しかし、神ご自身がダビデの王位を確立し、敵から彼を救ってくださったのであるから、ダビデは、なにも、彼の力を確立するために裏切りの援助を望まなかった。彼は殺人者たちに、サウルを殺したと誇った者がどのような運命に陥ったかを語った。彼はっけ加えた。「『悪人が正しい人をその家の床の上で殺したときは、なおさらのことだ。今わたしが、彼の血を流した罪を報い、あなたがたを、この地から絶ち滅ぼさないでおくであろうか』。そしてダビデは若者たちに命じたので、若者たちは彼らを殺し……た。人々はイシボセテの首を持って行って、ヘブロンにあるアブネルの墓に葬った」(同4:11、12)。 PP 365.11

イシボセテの死後、イスラエルの指導者間に、ダビデをすべての部族の王にしようという気運が高まった。「イスラエルのすべての部族はヘブロンにいるダビデのもとにきて言った、『われわれは、あなたの骨肉です。……あなたはイスラエルを率いて出入りされました。そして主はあなたに、「あなたはわたしの民イスラエルを牧するであろう。またあなたはイスラエルの君となるであろう」と言われました』。このようにイスラエルの長老たちが皆、ヘブロンにいる王のもとにきたので、ダビデ王はヘブロンで主の前に彼らと契約を結んだ」(同5:1~3)。こうして、神の摂理によって、彼が王位につく道が開かれた。彼は、自 分の野心を満足させようとは思わなかった。彼に与えられた栄誉は、自分で求めたものではなかったのである。 PP 365.12

アロンとレビの子孫が、8000人以上もダビデに従った。人々の心持ちの変化は、著しく決定的であった。革命は、彼らの従事していた偉大な働きにふさわしく、静かに厳然と行われた。これまでサウルの臣民であった50万近くの人々が、ヘブロンとその周辺に集まってきた。山々や谷間には、群衆が満ちあふれた。戴冠式の時間が定められた。ダビデは、サウルの宮廷を追放され、山や丘や地のほら穴に隠れて生きのびていたのであるが、今や、同胞から受けることのできる最高の栄誉を受けようとしていた。式服を身にまとった祭司や長老たち、輝くやりやかぶとに身を固めた軍人や兵隊たち、遠方からの客などが、選ばれた王の戴冠式を見るために立っていた。ダビデは王衣をまとっていた。神聖な油が、大祭司によって彼のひたいに注がれた。サムエルに油を注がれたことは、王の就任式の時に行われることを預言的に示したものであった。その時は来た。ダビデは、厳粛な儀式によって、神の代表者としての職務に聖別された。王の笏が彼に手渡された。彼の義の統治の契約が書かれて、人々は忠誠を誓った。彼の頭に王冠がかぶせられて、戴冠式は終了した。イスラエルは、神の命じられた王をいただいた。忍耐して主を待ち望んでいた者は、神の約束の実現を見たのである。「こうしてダビデはますます大いなる者となり、かつ万軍の神、主が彼と共におられた、(同5:10)。 PP 366.1