人類のあけぼの

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第66章 サウルの死

本章は、サムエル記上28、31章に基づく PP 352.1

ふたたびイスラエルとペリシテ人の間に、宣戦が布告された。「ペリシテびとが集まってきてシュネムに陣を取った」(サムエル記上28:4)。これは、エズレルの野の北のはずれにあったが、サウルと彼の軍勢は、そこからわずか数マイル離れたその南のはずれにあるギルボア山のふもとに陣を取った。ギデオンが300人を率いて、ミデアン人を追い散らしたのは、この平原であった。しかし、イスラエルの救済者を鼓舞した精神と、今王の心をかき立てているものとは、はるかに異なったものであった。ギデオンは、ヤコブの大いなる神を堅く信じて出かけた。しかし、サウルは、神に見捨てられて、寂しく無防備であることを感じていた。彼は、ペリシテの軍勢を見渡して、「恐れ、その心はいたくおののいた」(同28:5)。 PP 352.2

サウルは、ダビデと彼の軍勢がペリシテ人と一緒になっていることを聞いていたので、これを機会に、エッサイのむすこは、彼の受けた不当な扱いの報復をすることだろうと考えた。王は、非常に苦しんだ。国家をこうした大危機に陥れたのは、彼自身が常軌を逸した憎悪をいだいて、神に選ばれた者を殺そうとして奔走したからであった。彼は、ダビデを追うことに夢中になって、国防を怠っていた。ペリシテ人は、この無防備状態につけ込んで、国の中心にまで侵入してきた。こうして、サタンは、サウルにはダビデを追跡して殺害することに全勢力を費やさせる一方、同じ悪霊はペリシテ人には、この機にサウルを殺し、神の民を滅亡させるように鼓舞していた。この同じやり方が、今でも大いなる敵サタンによって、なんと数多く用いられていることであろう。彼は、清められていない人に働きかけて、教会内にねたみと争いを起こさせ、そうした神の民の分離した状態に乗じて、彼らを破滅させるように、手下どもを扇動する。 PP 352.3

サウルは、翌日には、ペリシテ人と戦闘を交えなければならなかった。刻々と迫ってくる運命の影が、彼のまわりに暗く立ちこめた。彼は援助と指導を切望した。しかし、神の勧告は、求めても得られなかった。「主は夢によっても、ウリムによっても、預言者によっても彼に答えられなかった」(同28:6)。主は、真心からへりくだって、主のもとに来る魂を退けられることはない。主は、なぜサウルに返答を与えず、退けられたのであろうか。それは王が、彼自身の行為によって、神に問うことができるあらゆる方法の特典に浴されなくなったからであった。彼は、サムエルの勧告を拒否した。彼は、神が選ばれたダビデを追放した。彼は、主の預言者たちを殺した。天の神が定められた伝達の方法を切断しておきながら、神の答えを期待することができるであろうか。彼は、罪を犯して、恵みの霊を去らせてしまった。彼は、夢または主の幻によって答えを得ることができようか。サウルは、へりくだって悔い改め、神に立ち帰らなかった。彼が求めたのは、罪の赦しや神との和解ではなくて、敵からの救済であった。彼は、自分自身の強情と反逆によって、神から切り離された。ざんげと悔い改めによる以外に、彼が立ち帰る道はなかった。しかし、高慢な王は、苦悶と絶望のうちに、他に助けを求めることにしたのである。 PP 352.4

「わたしのために、口寄せの女を捜し出しなさい。わたしは行ってその女に尋ねよう」(同28:7)。サウルは占いがどんなものであるかをよく知っていた。主は、それをきびしく禁じておられ、汚れた魔術を行う者には、みな死罪の宣告が下されていた。サムエルが生きていた時に、サウルは、すべての占い師や口寄せを殺すように命じたのであった。しかし、彼は絶望のあまり、以前自分が憎むべき罪悪であると宣告した託宣を求めるにいたった。 PP 352.5

エンドルに、1人の口寄せの女がひそかに住んでいることが王に伝えられた。この女は、サタンの支配に服し、その思いのままに行動することを、彼に約束していた。その代わりに、悪の君は、彼女のために不思議なことを行い、隠れたことを現した。 PP 352.6

サウルは変装して、2人の従者とともに、夜、口寄せの女の隠れ家を捜した。ああ、なんとあわれむべき光景であろう。イスラエルの王が、サタンに捕らえられて、彼の意のままになっていた。神の霊の聖なる感化にそむいて、頑強に自分の望みどおりをしようとした者の道ほど、人間の足にとって暗い道があろうか。自己という最悪の暴君の支配に屈した者の束縛ほど恐ろしい束縛があろうか。サウルがイスラエルの王であり得る唯一の条件は、神を信頼し、神のみこころに服従することであった。彼がその治世を通じて、この条件に応じていたならば彼の王国は安泰を保ったことであろう。神が彼を指導し、全能者が彼の盾となられたことであろう。神は、サウルを長く忍ばれた。そして彼は、反逆と頑強さによって彼の魂のうちの神の声をほとんど沈黙させてしまったとはいえ、まだ悔い改める機会は残されていた。しかし彼が、この危機において神から離れ、サタンの共謀者からの光を得ようとした時に、彼は、創造者との最後のきずなを切ってしまったのである。彼は、長年彼に働きかけ、ついに彼を破滅の淵に陥れた悪霊の支配に、完全に屈服してしまった。 PP 353.1

サウルと従者たちは、夜陰に乗じて平原を横ぎり、安全に、ペリシテの軍勢の陣地を過ぎ、山の向こうのエンドルの口寄せの女のところへ行った。口寄せの女は、ひそかにその汚れた魔法を行うために、身を隠していた。サウルは、変装はしていたけれども、その長身と王者らしいふるまいは、普通の兵士でないことを表していた。女は、訪問者がサウルではないかと思った。そして、高価な贈り物が、なおさら彼女にそう思い込ませた。「わたしのために口寄せの術を行って、わたしがあなたに告げる人を呼び起してください」という彼の願いに答えて女は言った。「『あなたはサウルがしたことをごぞんじでしょう。彼は口寄せや占い師をその国から断ち滅ぼしました。どうしてあなたは、わたしの命にわなをかけて、わたしを死なせようとするのですか』。サウルは主をさして彼女に誓って言った、『主は生きておられる。この事のためにあなたが罰を受けることはないでしょう』。女は言った、『あなたのためにだれを呼び起しましょうか』。サウルは言った、『サムエルを呼び起してください』」(同28:8~11)。 PP 353.2

彼女は呪文を唱えたあとで、言った。「『神のようなかたが地からのぼられるのが見えます。……ひとりの老人がのぼってこられます。その人は上着をまとっておられます』。サウルはその人がサムエルであるのを知り、地にひれ伏して拝した」(同28:13、14)。 PP 353.3

口寄せの女の呪文によって現れたのは、神の聖なる預言者ではなかった。サムエルは、あの悪霊の巣窟にいたのではなかった。この超自然的出現は、サタンの力によるものにほかならなかった。サタンは、荒野でキリストを試みたときに、光の天使を装うことができたのと同様に、サムエルを装うことはやさしくできたのである。 PP 353.4

口寄せの女の呪文の最初の言葉は、王に向かって言われた。「どうしてあなたはわたしを欺かれたのですか。あなたはサウルです」(同28:12)。こうして、預言者を装った悪霊が、最初に行ったことは、この邪悪な女に、彼女が欺かれていることを、ひそかに知らせることであった。にせの預言者は、こう言った。「『なぜ、わたしを呼び起して、わたしを煩わすのか』。サウルは言った、『わたしは、ひじょうに悩んでいます。ペリシテびとがわたしに向かっていくさを起し、神はわたしを離れて、預言者によっても、夢によっても、もはやわたしに答えられないのです。それで、わたしのすべきことを知るために、あなたを呼びました』」(同28:15)。 PP 353.5

サウルは、サムエルが生きていたときには、彼の勧告を軽んじ、その譴責に立腹した。しかし彼は、苦悩とわざわいの時に、預言者の勧告が彼の唯一の望みであることを認め、天の使者と交わるために地獄の使いにたよったのであったがむだであった。サウルは、完全にサタンの支配に服してしまった。そして、不幸と破壊を唯一の喜びにしているサタンが、この優位な立場を十分に活用して、不幸な王を滅びに陥れようとした。サウルの悲痛な叫びに答えて、サム エルのくちびるからのものと称する恐ろしい言葉が語られた。「主があなたを離れて、あなたの敵となられたのに、どうしてあなたはわたしに問うのですか。主は、わたしによって語られたとおりにあなたに行われた。主は王国を、あなたの手から裂きはなして、あなたの隣人であるダビデに与えられた。あなたは主の声に聞き従わず、主の激しい怒りに従って、アマレクびとを撃ち滅ぼさなかったゆえに、主はこの事を、この日、あなたに行われたのである。主はまたイスラエルをも、あなたと共に、ペリシテびとの手に渡されるであろう。あすは、あなたもあなたの子らもわたしと一緒になるであろう。また主はイスラエルの軍勢をもペリシテびとの手に渡される」(同28:16~19)。 PP 353.6

サウルは、反逆の道を歩んでいた間、いつもサタンにおだてられ、欺かれていた。人々に罪を軽視させ、犯罪者の道を容易で好ましいものに思わせ、主の警告と脅迫とに、人々の心をくらませることが、誘惑者の仕事である。サタンは非常な魅惑力をもって、サウルにサムエルの譴責と警告とを軽視させて、彼自身を正当化させた。しかし、今、彼が窮地に陥ったときに、サタンはサウルに背を向け、罪が大きくその赦しを得ることが絶望的であることを指摘して、彼を自暴自棄に追いやった。彼の勇気をくじき、判断をあやまらせ、また、彼を絶望と自殺にかりたてるのに、これ以上の方法はほかになかった。 PP 354.1

サウルは、疲労と断食のために気絶しそうであった。彼は、恐怖に襲われ、良心に責められた。恐ろしい予告を聞いたときに、彼の体は、暴風に動かされるかしの木のように揺れて、地にうつぶせに倒れた。 PP 354.2

口寄せの女は非常に驚いた。イスラエルの王が、彼女の前で死人のように横たわった。もしも彼が、彼女の隠れ家で死んだりしたら、どんなことが彼女に起こることであろうか。女は、サウルに、起きて食事をすることを勧めた。女は、命をかけて王の願いに従ったのであるから、彼も彼女の願いに耳を傾けて、彼の生命を保つようにと訴えた。彼のしもべたちも勧めたので、サウルは、ついにそれを承諾した。そこで女は、大急ぎで肥えた小牛と種入れぬパンを彼の前に出した。これは、なんという光景であろう。たった今、運命の言葉が響いたばかりの口寄せの女の荒れ果てたほら穴の中で、しかも、サタンの使者の前で、イスラエルの王として神に油を注がれた者が、次の日の恐ろしい戦いに備えて、すわって食事をしたのである。 PP 354.3

彼は、夜が明ける前に従者たちと共に、イスラエルの陣営に帰還し、戦闘の準備をした。サウルは、暗黒の霊に問うことによって、自分を滅ぼした。絶望の恐怖に苦悩する彼は、軍勢を勇気づけることができなかった。彼は、力の源である神から離れたので、神をイスラエルの援助者として仰ぐように人々の心を導くことはできなかった。こうして、不吉な予告は実現されるのであった。 PP 354.4

シュネムの平原とギルボア山の山腹で、イスラエルの軍勢とペリシテ人の軍勢は、決死の戦闘に従事した。サウルは、エンドルのほら穴の恐るべき光景によって、絶望状態に陥っていたのであるが、王位と王国の擁護のために、必死で戦った。しかし、それはむだであった。「イスラエルの人々はペリシテびとの前から逃げ、多くの者は傷ついてギルボア山にたおれた」(同31:1)。王の勇敢な3人のむすこたちは、王のかたわらで倒れた。弓を射る者どもがサウルに迫った。彼は、彼の軍勢が周りで倒れ、王子たちが剣で殺されるのを見た。彼自身も負傷して、戦うことも逃げることもできなかった。逃亡は不可能であった。彼は、ペリシテ人に捕われまいとして、武器をとる者に言った。「つるぎを抜き、それをもってわたしを刺せ」(同31:4)。しかし、その人は主に油を注がれた者に手をふりあげることを拒んだので、サウルはつるぎをとり、その上に伏して自害した。 PP 354.5

こうして、イスラエルの最初の王は、自殺の罪を犯して死んだ。彼の生涯は失敗であった。彼は、神のみこころにさからって、自分の邪悪な意志を主張したために、不名誉と絶望のうちに世を去った。 PP 354.6

敗北の知らせが、広く伝えられて、全イスラエルを恐怖に陥れた。人々は町々から逃げ出したので、ペリシテ人は何の抵抗も受けずに占領した。神にたよ らなかったサウルの治世は、国民を破滅の淵に陥れたのである。 PP 354.7

戦闘の翌日、ペリシテ人は戦場で殺された者からはぎ取るために捜索しているうちに、サウルと3人のむすごたちの死体を見つけた。彼らは、自分たちの勝利を完全なものにするために、サウルの首を切り、そのよろいをはぎ取り、血にまみれた首とよろいを勝利の記念品としてペリシテの国へ送り、「この良い知らせを、その偶像と民とに伝えさせた」(同31:9)。よろいは、最後に、「アシタロテの神殿」に置かれた(同31:10)。首はダゴンの神殿にくぎづけにされた。こうして、勝利の栄光は、これらの偽りの神々に帰せられ、主のみ名は、はずかしめられた。 PP 355.1

サウルと3人のむすこたちの死体は、ギルボアの付近のヨルダン川に近い、ベテシャンの町まで運ばれた。ここで、それらは鳥の餌食にするために鎖でつるされた。しかし、ヤベシ・ギレアデの勇敢な人々は、サウルが初めに幸福であった時代に、彼らの町を救ったことを覚えていて、王と王子たちの死体を取りおろして、丁重に葬り、感謝の気持ちを表したのである。彼らは、夜、ヨルダン川を渡り、「サウルのからだと、その子たちのからだをベテシャンの城壁から取りおろし、ヤベシにきて、これをそこで焼き、その骨を取って、ヤベシのぎょりゅうの木の下に葬り、7日の間、断食した」(同31:12、13)。こうして、40年前の気高い行為は報われて、サウルと3人のむすこたちは、あの敗北と不名誉の暗黒の中にあって丁重に葬られたのである。 PP 355.2