各時代の希望
第20章 「あなたがたはしるしと奇跡を見ないかぎり」
本章はヨハネ4:43~54に基づく DA 763.3
過越節から帰ってきたガリラヤ人たちは、イエスのふしぎなみわざについて知らせを持ってきた。イエスの行動に対するエルサレムの高官たちの意見が決定的となったため、イエスはガリラヤに道を求められた。民の中には宮の悪用と祭司たちの貧欲と尊大さとを嘆く者が多かった。彼らは、役人たちを追つぱらったこの人が、待望の救世主であるようにと望んだ。そしていま彼らの最も輝かしい予想を裏づけるような知らせが伝わった。この預言者が自らメシヤであると宣言したというのだった。 DA 763.4
しかしナザレの人たちは、イエスを信じなかった。そのために、イエスはカナへの途中ナザレにおいでにならなかった。救い主は弟子たちに、預言者は自分の故郷ではとうとばれないと言明された。人間は自分の理解できる範囲だけしか人物の評価ができない。世俗的で狭量な心を持った人たちは、キリストの貧しい生れや粗末な衣服や日々の骨折り仕事によってキリストを判断した。彼らは罪のけがれのないキリストの純潔な精神を評価することができなかった。 DA 763.5
キリストがカナへ帰られたという知らせは、ガリラヤ中にひろがり、困り苦しんでいる人たちに望みを与えた。カペナウムで、王に仕えている役人である、あるユダヤ人貴族がその知らせに注意をひかれた。この役人の息子が不治と思われる病気にかかっていた。医者たちはその子が死ぬものとあきらめていた。だが父親はイエスのことを耳にした時、イエスの助けを求めようと決心した。子供は非常に衰弱していて、父親が帰って来るまでいのちはもつまいと心配されたが、父親は病状をイエスに訴えねばならないと思った。彼は父親の祈りが大医者イエスの同情をひきおこすようにと望んだ。 DA 763.6
カナに着いてみると、群衆がイエスをとりまいていた。心配な気持で、彼は人々をおしわけて救い主の前へ進んだ。しかしそこに、粗末な衣服をまとい、旅のほこりにまみれて疲れた様子の人だけしか見なかった時、彼の信仰は動揺した。果たしてこのお方が自分がお願いしようと思ってやってきたことをなさることができるだろうかと彼は疑った。しかしイエスと面会することができると、彼は自分の用事を話し、救い主に自分の家までいっしょにおいでいただきたいと願った。ところが彼の悲しみはすでにイエスに知 られていた。この役人が家を出る前から、救い主は彼の苦悩を見ておられたのだった。 DA 763.7
しかしイエスは、この父親がイエスに対する信仰について、自分自身の心の中に条件をもっていることもご存じだった。自分の願いがかなえられなければ、彼はイエスをメシヤとして信じないであろう。役人がどっちつかずの思いに苦しめられながら待っていると、イエスは、「あなたがたは、しるしと奇跡とを見ない限り、決して信じないだろう」と言われた(ヨハネ4:48)。 DA 764.1
イエスがキリストであるというあらゆる証拠があるにもかかわらずこの嘆願者は、自分の願いがきかれるということを条件にして、イエスを信じようと決心していた。救い主はこの疑いの念のまじった不信を、奇跡やしるしを求めなかったサマリヤ人の単純な信仰と比較された。イエスの神性についての証拠をたえず示しているそのみことばには、サマリヤ人の心を動かし、確信させる力があった。キリストは、神のみことばを託されているご自分の民が、み子を通して彼らに語られる神の声をきかないことを悲しまれた。 DA 764.2
しかしこの役人はある程度の信仰を持っていた。なぜなら彼は、あらゆる祝福の中で最もとうといと思えるものをたのみにやってきたからである。イエスはもっと大きな賜物を与えようとしておられた。イエスは子供の病気をなおすばかりでなく、この役人とその家族を救いの祝福にあずからせ、まもなくイエスご自身の働きの場所となろうとしていたカペナウムに光をともそうと望まれた。しかしこの役人は、キリストの恵みを望む前に自分の必要を認めなければならない。この宮廷の役人はユダヤ国民の多くの者を代表していた。彼らは利己的な動機からイエスに関心を持っていた。彼らはイエスの力によって何か特別な利益を受けようと望み、その信仰はこの世の恩恵を受けることにかけられていた。しかし彼らは自分たちの霊的な病気について無知であり、神の恵みの必要に気がつかなかった。 DA 764.3
この役人に対する救い主のみことばは、光のひらめきのように、彼の心を明るみに出した。彼はイエスを求めている自分の動機が利己的であることがわかった。彼は動揺している自分の信仰の本当の姿を見た。彼は自分の疑いのために息子のいのちが失われるかもしれないことを認めて深い心配を感じた。彼は自分がいま、人の思いを読むことがおできになり、どんなことでもおできになるお方の前にいることを知った。苦悩に満ちた嘆願をもって、彼は「主よ、どうぞ、子供が死なないうちにきて下さい」と叫んだ(ヨハネ4:49)。彼は、ヤコブが天使と格闘して、「わたしを祝福してくださらないなら、あなたを去らせません」と叫んだ時のように、信仰をもってキリストにすがりついた(創世記32:26)。 DA 764.4
ヤコブのように、彼は勝利した。救い主は、大きな必要を訴えながらすがりつく魂をしりぞけることがおできにならない。イエスは、「お帰りなさい。あなたのむすこは助かるのだ」と言われた(ヨハネ4:50)。役人はこれまでかつて経験したことのない平安と喜びとをもって救い主の前から立ち去った。彼は息子の病気がなおることを信じたばかりでなく、強い確信をもってキリストを救い主として信頼した。 DA 764.5
同じ時刻に、カペナウムの家では、死にかけている子供を見守っていた者たちが、急にふしぎな変化を目に見た。死の影が病人の顔から消えた。熱により紅みを帯びていた顔色は、回復しつつある健康のおだやかな色にかわった。くもっていた目は理性に輝き、衰弱していた体に力がよみがえった。病気の面影は子供のどこにもみられなくなった。火照っていた肉体はやわらかくうるおい、子供は静かな眠りに落ちた。熱は日盛りになくなっていた。家族の者たちは驚き、その喜びは大きかった。 DA 764.6
カナはカペナウムからそんなに遠いところではなく、この役人がイエスと面会したあと、その夜には帰り着けるところだった。だが彼は家路を急がなかつた。彼がカペナウムに到着したのは翌朝になってからだった。それは何といううれしい帰宅だったことだろう。イエスに会いに行く時には、彼の心は悲しみで重かった。彼には太陽の光が残酷に思え、小鳥の鳴き声が嘲笑にきこえた。いまは何という気持のち がいだろう。自然界のすべてが新しい様相を帯びていた。彼は新しい目で見る。早朝の静けさの中を旅していると、自然の万物が自分といっしょに神を賛美しているようにみえる。彼が自分の家からまだかなり離れたところまで来ると、しもべたちが迎えに出てきている。彼らは主人がきっと心配しているにちがいないから、安心させようと思っている。ところが彼は、しもべたちの知らせをきいても別に驚きをみせず、彼らにはわからない深い関心をもって、子供の病気はいつからよくなりはじめたかとたずねる。彼らは、「きのうの午後1時に熱が引きました」と答える(ヨハネ4:52)。「あなたのむすこは助かるのだ」との保証を、父親が信仰をもって把握した瞬間に、神の愛が死にかけていた子供にふれたのだった。 DA 764.7
父親は息子に会いに急ぐ。彼は息子を死からよみがえった者のように胸にだきしめ、このふしぎな回復について何度も何度も神に感謝する。この役人はキリストについてもっと知りたいと熱望した。のちにイエスの説教を聞いて、彼と家族の全部が弟子となった。彼らの苦しみはきよめられて家族全体の改宗となった。この奇跡の知らせはひろがった。そしてキリストの多くの偉大な働きがなされたカペナウムで、キリストがご自分で伝道をされる道が備えられた。 DA 765.1
カペナウムで役人を祝福されたお方は同じようにわれわれを祝福しようと望んでおられる。だがこの苦悩していた父親のように、われわれはしばしば何かこの世の利益を望んでイエスを求める。そして自分の願いがかなえられたら、イエスの愛に信頼しようとする。救い主はわれわれが求めるよりももっと大きな祝福を与えようと望んでおられる。イエスは、われわれ自身の心の悪と、イエスの恵みの深い必要とを示すために、われわれの願いに対する答えを遅らせられる。イエスはわれわれが、利己的な動機からイエスを求めることをやめるように望んでおられる。自分の無力と大きな必要を告白して、われわれはイエスの愛に自分自身をまったく委ねるのである。 DA 765.2
この役人は、信じる前に自分の祈りの成就を目に見たいと望んだ。しかし彼は、彼のたのみがきかれて祝福が与えられたというイエスのみことばを信じなければならなかった。この教訓をわれわれもまた学ばねばならない。われわれは、神がわれわれの願いをきかれるのを見たり感じたりするから、信じるのではない。われわれは、神の約束に信頼するのである。信仰をもって神のみもとに行く時、願いごとはすべて神のみ心にとめられる。神の祝福を求めたら、それを受けることを信じ、そしてそれを受けたことを感謝すべきである。それからわれわれは、最も必要な時にその祝福が実現されることを確信して、自分の義務をつくすのである。こうすることをわれわれが学んだ時、われわれは祈りが答えられることを知る。神はわれわれのために、「その栄光の富にしたがい」「神の力強い活動によって」「はるかに越えて」なしてくださるのである(エペソ3:16、1:19、3:20)。 DA 765.3