患難から栄光へ

23/39

第一四章   神は人をかたより見ない

本章は使徒行伝九章三二節-一一章一八節に基づく AAJ 140.1

使徒ペテロは伝道の旅行中に、ルダに住む信徒たちを訪問した。そこで彼は、中風のために八年間も床についていたアイネヤをいやした。「アイネヤよ、イエス・キリストがあなたをいやして下さるのだ。起きなさい。そして床を取りあげなさい」とペテロが言った。「すると、彼はただちに起きあがった。ルダとサロンに住む人たちは、みなそれを見て、主に帰依した。」 AAJ 140.2

ルダの近くのヨッパにドルカスという名前の婦人が住んでいた。彼女はよい働きをして、人々から非常に愛されていた。彼女はイエスのりっぱな弟子で、かずかずの親切なことを行いながら暮らしていた。また、だれに心地よい衣服が必要であるか、だれに同情が必要であるかを知っていて、貧しい者や悲しむ者のために惜しみなく尽くしていた。彼女の器用な手先はその舌よりも活発に働いた。 AAJ 140.3

「ところが、そのころ病気になって死んだ。」ヨッパの教会は彼らの損失を知った。ペテロがルダに いることを聞いた信者たちは彼に使いをやり、「『どうぞ、早くこちらにおいで下さい』と頼んだ。そこでペテロは立って、ふたりの者に連れられてきた。彼が着くとすぐ、屋上の間に案内された。すると、やもめたちがみんな彼のそばに寄ってきて、ドルカスが生前つくった下着や上着の数々を、泣きながら見せるのであった」。ドルカスが送った奉仕の一生を考えると、彼らが嘆き悲しんだこと、熱い涙のしずくが生命のない土くれの上に落とされたことに不思議はない。 AAJ 140.4

使徒ペテロは彼らの悲しみを見て同情し、心を動かされた。それから彼は嘆き悲しんでいる友人たちを部屋から出させるように命じ、ひざまずいてドルカスの命と健康が取りもどされるように、神に熱心に祈った。それから死体に向かい、彼は言った「タビタよ、起きなさい」。「すると彼女は目をあけ、ペテロを見て起きなおった。」ドルカスは教会にとって有益な奉仕をしていたので、神は彼女を敵の地から導きかえすことが必要だと思われた。その器用な手先と精力をなお他人を恵むために用いさせ、またこの神のみ力の現れによって、キリストのみわざが強められるようになるためであった。ペテロはまだヨッパにいたときに、カイザリヤにいるコルネリオに福音を伝えるようにという神の召しを受けた。 AAJ 141.1

コルネリオはローマの百卒長であった。彼は金持ちで高貴の生まれであったし、責任と名誉のある地位についていた。彼は異教徒の生まれで異教の訓練と教育を受けていたが、ユダヤ人との接触によって神のことを学び、心から神を拝して、貧しい人々をあわれむ行為によって、その信仰の偽りないことを あらわしていた。彼の慈善行為は遠くまで知れわたり、その正しい生活によってユダヤ人の間にも異邦人の間にも評判がよかった。彼は接触するすべての者によい感化を及ぼした。彼については、「信心深く、家族一同と共に神を敬い、民に数々の施しをなし、絶えず神に祈をしていた」と、霊感の書に記されている。 AAJ 141.2

彼は神を天地の創造主として信じていたので、神を敬いその権威を認め、生活のどんなことにも神のみこころを求めた。彼は家庭生活にも職務の上でも主に忠実であった。彼は家庭に神の祭壇を築いた。というのは、彼は神の助けを受けずに自分の計画を実行したり、責任を負うことができなかったからである。 AAJ 142.1

コルネリオは預言を信じ、メシヤの来臨を待ち望んでいたが、キリストのいのちと死にあらわされた福音についての知識を持っていなかった。彼はユダヤ教の信徒ではなかったので、ラビたちから異教徒で汚れている者とみなされていたかもしれない。しかしアブラハムについて、「わたしは彼を知っている」と仰せになった聖なる警護者は、コルネリオをも知っておられて、天から直接、彼にメッセージをお送りになった。 AAJ 142.2

コルネリオが祈っていると天使が現れた。百卒長は自分の名が呼ばれたので恐れたが、神の使者がきたことを悟って「主よ、なんでございますか」と言った。すると天使が答えて「あなたの祈や施しは神のみ前にとどいて、おぼえられている。ついては今、ヨッパに人をやって、ペテロと呼ばれるシモンと いう人を招きなさい。この人は、海べに家をもつ皮なめしシモンという者の客となっている」と言った。 AAJ 142.3

これらの命令の明白なこと、また、ペテロが宿っている家の人の職業まであげられていることを見ると、どんな身分の人々の一生も仕事も天には知られていることがわかる。神は王の経験や働きを知っておられるだけでなく、身分の低い労働者のこともごぞんじなのである。 AAJ 143.1

「ヨッパに人をやって・・・・シモンという人を招きなさい。」こうして神は福音事業と、ご自分の組織された教会に関心をもっておられることをあらわされた。天使はコルネリオに、十字架の話をするためにつかわされたのではない。神は百卒長と同じように弱い、誘惑にも陥りやすいひとりの人間を選んで、十字架につけられ、よみがえられた救い主のことを彼に伝えさせられたのである。 AAJ 143.2

人々の中での神の代表者として、神は誤りを犯したことのない天使をお選びになるのではなく、救いの対象とされている人々と同じ感情を持った人間をお選びになる。キリストは人類に近づくために人間性をとられた。この世に救いをもたらすためには、神性と人性をとられた救い主が必要であった。そして男にも女にも「キリストの無尽蔵の富」を宣べ伝える仕事が、神からゆだねられているのである(エペソ三ノ八)。 AAJ 143.3

神はその英知で、真理を求めている人々を、真理を知っている仲間たちと交わるように導かれる。光を受けた者たちが、それを暗黒の中にいる者たちに分け与えることは、天の計画である。人間性は、知恵の偉大な源から能力をひき出し、福音がそれを通して、心と思いを変える力を働かせる媒介、すなわ ち実際的な仲立ちとなるのである。 AAJ 143.4

コルネリオは幻によろこんで従った。天使が行ってしまってから百卒長は、「しもべふたりと、部下の中で信心深い兵卒ひとりとを呼び、いっさいの事を説明して聞かせ、ヨッパへ送り出した」。 AAJ 145.1

天使はコルネリオにあらわれてから、ヨッパにいるペテロのもとに行った。その時ペテロは、泊まっている家の屋上で祈っていた。記録には、「彼は空腹をおぼえて、何か食べたいと思った。そして、人人が食事の用意をしている間に、夢心地になった」とある。ペテロがほしかったのは肉体的な食物ばかりではなかった。ヨッパの町とその郊外を屋上から見おろした彼は、その地方の人々の救いを求めたのである。彼はキリストの苦悩と死に関する預言を、聖書から彼らに示したいとひたすら願っていた。 AAJ 145.2

幻のうちにペテロは「天が開け、大きな布のような入れ物が、四すみをつるされて、地上に降りて来るのを見た。その中には、地上の四つ足や這うもの、また空の鳥など、各種の生きものがはいっていた。そして声が彼に聞えてきた、『ペテロよ、立って、それらをほふって食べなさい』。ペテロは言った、『主よ、それはできません。わたしは今までに、清くないもの、汚れたものは、何一つ食べたことがありません』。すると、声が二度目にかかってきた、『神がきよめたものを、清くないなどと言ってはならない』。こんなことが三度もあってから、その入れ物はすぐ天に引き上げられた」。 AAJ 145.3

この幻はペテロにとって譴責ともなり、教えともなった。それは神の目的、すなわちキリストの死によって異邦人もユダヤ人とひとしく、救いの恩恵にあずかることを示していた。当時まだ弟子たちはだ れも、異邦人に福音を伝えていなかった。彼らの心の中には、キリストの死によって取り除かれたはずの隔ての中垣が、今もなお存在していて、彼らの働きはユダヤ人たちにだけしか向けられていなかった。彼らは、異邦人は福音の祝福にあずかることはないと思っていたからである。神は今、ご自分の計画を世界的にひろめるように、ペテロに教えておられた。 AAJ 145.4

異邦人たちの中には、ペテロやその他の使徒たちの説教に興味深く耳を傾ける者が大ぜいいた。そして多くのギリシヤ語を話すユダヤ人がキリストの信徒になったが、コルネリオの改心は、異邦人たちの中でも最初の重要な事件であった。 AAJ 146.1

キリストの教会が、全く新しい方面の働きを開始すべき時がきていた。ユダヤの改宗者たちの多くが異邦人に対して閉ざしていた戸を、今こそ広く開かなければならなかった。そして福音を受け入れた異邦人は、ユダヤ人の弟子とひとしくみなされ、割礼の儀式を守る必要はなかった。 AAJ 146.2

ユダヤ人の教育を受けたために、ペテロの心にしっかり固着していた異邦人に対する偏見を取り去るために、主はいかに慎重に働きかけられたことであろう。布とその中身の幻によって、神は使徒の心にあるこの偏見を脱ぎすてさせ、天国では人を差別待遇することはなく、ユダヤ人も異邦人も神の御目にはひとしく尊いものであり、キリストを通して、異教徒も福音の祝福と特権にあずかることができるということを教えようとされた。 AAJ 146.3

ペテロが幻の意味をいろいろ考えている時、コルネリオの使いの者がヨッパに着いて、ペテロが泊ま っていた家の門口に立った。するとみたまは「ごらんなさい、三人の人たちが、あなたを尋ねてきている。さあ、立って下に降り、ためらわないで、彼らと一緒に出かけるがよい。わたしが彼らをよこしたのである」と言った。 AAJ 146.4

ペテロにとってこれは苦しい命令だったので、その役目を引き受けるには一足ごとに足が重くなるばかりであったが、彼は拒もうとしなかった。「そこでペテロは、その人たちのところに降りて行って言った、『わたしがお尋ねのペテロです。どんなご用でおいでになったのですか』」。彼らはその不思議な用向きを説明して言った「正しい人で、神を敬い、ユダヤの全国民に好感を持たれている百卒長コルネリオが、あなたを家に招いてお話を伺うようにとのお告げを、聖なる御使から受けましたので、参りました」。 AAJ 147.1

神から受けたばかりの命令に従い、使徒は彼らと共に行く約束をした。あくる朝、彼は兄弟たち六人を連れてカイザリヤに向かった。この人々は異邦人をおとずれている時、彼の言行すべての証人となるはずであった。彼はユダヤの教えを真向からおかすことに、申し開きするよう求められることを知っていたからである。 AAJ 147.2

ペテロがその異邦人の家に入るとコルネリオは、普通の訪問者を迎えるようなあいさつではなく、神からつかわされた尊い客として彼を迎えた。王子や高貴な人の前にぬかずいたり、子供が両親の前に頭をさげてあいさつすることは東方の習慣である。しかし、コルネリオは教えをさずけるために神からつ かわされた人を尊敬するあまり、感極まって使徒の足もとにひれ伏して、拝した。ペテロは恐怖におそわれ、百卒長を引き起こして言った、「お立ちなさい。わたしも同じ人間です」。 AAJ 147.3

コルネリオの使いの者たちが使いに出ていたあいだに百卒長は、福音の説教を自分一人でなくみんなで聞こうと「親族や親しい友人たちを呼び集めて」いた。ペテロが到着すると、大ぜいの人々が彼の言葉を聞こうと熱心に待っていた。 AAJ 149.1

こうして集まった人々に、ペテロはまずユダヤ人の習慣について話し、ユダヤ人にとって異邦人と交際することは違法と考えられていて、宗教的な汚れをうけることになると説教した。「あなたがたが知っているとおり、ユダヤ人が他国の人と交際したり、出入りしたりすることは、禁じられています。ところが、神は、どんな人間をも清くないとか、汚れているとか言ってはならないと、わたしにお示しになりました。お招きにあずかった時、少しもためらわずに参ったのは、そのためなのです。そこで伺いますが、どういうわけで、わたしを招いてくださったのですか」とペテロが言った。 AAJ 149.2

そこでコルネリオは彼の経験と天使の言葉について話し、「それで、早速あなたをお呼びしたのです。ようこそおいで下さいました。今わたしたちは、主があなたにお告げになったことを残らず伺おうとして、みな神のみ前にまかり出ているのです」と言葉を結んだ。 AAJ 149.3

ペテロは、「神は人をかたよりみないかたで、神を敬い義を行う者はどの国民でも受けいれて下さることが、ほんとうによくわかってきました」と言った。 AAJ 149.4

それから、その熱心な聴衆に使徒はキリストの生涯と奇跡、彼に対する裏切りと十字架、よみがえりと昇天、人類のための代表者であり、弁護者としての天におけるキリストの働きについて説いた。ペテロは集まっている人々に、イエスが罪人の唯一の望みであると語っているあいだに、彼の見た幻の意味が自分自身に更によくわかるようになった。そして彼が紹介している真理への熱情で心が燃えた。 AAJ 150.1

突然聖霊がくだって、説教が中断された。「ペテロがこれらの言葉をまだ語り終えないうちに、それを聞いていたみんなの人たちに、聖霊がくだった。割礼を受けている信者で、ペテロについてきた人たちは、異邦人たちにも聖霊の賜物が注がれたのを見て、驚いた。それは、彼らが異言を語って神をさんびしているのを聞いたからである。 AAJ 150.2

そこで、ペテロが言い出した、『この人たちがわたしたちと同じように聖霊を受けたからには、彼らに水でバプテスマを授けるのを、だれがこばみ得ようか』。こう言って、ペテロはその人々に命じて、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けさせた。」 AAJ 150.3

こうして福音は異邦人や外国の人々に伝えられ、彼らは聖徒と同じ市民になり、神の家族の中に加えられた。コルネリオとその家族の者たちの改宗は、これから集められる収穫の初穂にほかならなかった。これがきっかけとなり、神の恵みの働きは異教の町に広くひろめられた。 AAJ 150.4

今日、神は身分の低い者だけでなく、身分の高い者の中からも魂を求めておられる。コルネリオのように、主がみわざに携わらせたいと思っておられる人々がこの世に大ぜいいる。彼らの心は神の民と共 感しながら、なお、彼らが世と結ばれているきずなも固いのである。彼らがキリストの側に立つためには道徳的な勇気が必要である。これらの魂にとっては、特別な努力が払われなければならない。彼らは責任や交際のために大きな危険にさらされているからである。 AAJ 150.5

神は身分の高い人々に福音を伝える、熱心で謙遜な働き人を求めておられる。今ははっきり見ることはできないが、純粋な改心をもたらすように働く奇跡がある。この地上でどんなに偉い人々でも、不思議を行う神の力の及ばないところにいるのではない。もし、神と共に働く者が機会をとらえて、勇敢に、忠実に働くならば、神は責任のある地位にいる人々や、知的で感化力のある人々を改心させるのである。聖霊の力によって多くの人々が神の原則を受け入れるようになる。真理に改宗した人々は、神に協力する働き人となって光を伝えるであろう。彼らは、おろそかにされていたこの階級の他の人々に、特別の重荷を感じるであろう。時間と金銭が神の働きのためにささげられ、新しい能力と力が教会に加えられるであろう。 AAJ 151.1

コルネリオは受けた教えをそのまま生活に実践していたので、神は彼がもっと多くの真理を受けるように事をお運びになった。天の宮廷から使者が送られて、このローマの軍人とペテロに現れた。それはコルネリオが更に大いなる光に導いてくれる者と接触するためであった。 AAJ 151.2

この世にはわれわれが考えているよりも、神のみ国に近づいている者がたくさんいる。神はこの暗い罪の世にも多くの貴重な宝石のような人々を知っておられ、彼らにご自分の使者をお送りになる。キリ ストの側に立とうとする者はどこにでもいる。地上のどんな特権よりも神の知恵を尊んで、忠実に光をかかげる者となる人が大ぜいいる。キリストの愛に迫られた彼らは、キリストのみもとに行くように他の人々に迫るのである。 AAJ 151.3

ユダヤにいる兄弟たちは、ペテロが異邦人の家に行って、集まった人々に福音を宣べ伝えたことを聞くと驚き、また憤った。そして僭越せんえつとしか思われないそうしたやりかたは、かえって彼自身の教えを妨げる結果になるのではないかと彼らは恐れた。彼らはその後ペテロに会ったとき、「あなたは、割礼のない人たちのところに行って、食事を共にしたということだが」と言って、彼を厳しく非難した。 AAJ 152.1

ペテロは事の次第を残らず彼らに明かして、幻に関する経験を語り、その幻によって自分は、割礼を受ける受けないという宗教上の差別をつけたり、異邦人をけがれた者とみなしたりしてはならないことを教えられたと言って説得した。また異邦人の家に行くように命じられたこと、み使いたちがやってきたこと、カイザリヤへの旅のこと、コルネリオと会ったことを彼らに聞かせた。ペテロは百卒長との会見の内容をくわしく話し、百卒長がまず幻を受けて自分に使いを送ったという事情を説明した。 AAJ 152.2

「わたしが語り出したところ、聖霊が、ちょうど最初わたしたちの上にくだったと同じように、彼らの上にくだった。その時わたしは、主が『ヨハネは水でバプテスマを授けたが、あなたがたは聖霊によってバプテスマを受けるであろう』と仰せになったことばを思い出した。このように、わたしたちが主イエス・キリストを信じた時に下さったのと同じ賜物を、神が彼らにもお与えになったとすれば、わたし のような者が、どうして神を妨げることができようか」と、ペテロは経験したことを話した。 AAJ 152.3

この説明を聞くと兄弟たちはだまってしまった。ペテロのとった方法は、神のご計画をそのまま実行したものであり、自分たちの偏見や排他的な気持ちは福音の精神に全く反するものであることをさとって、彼らは神をさんびし、「それでは神は、異邦人にも命にいたる悔改めをお与えになったのだ」と言った。 AAJ 153.1

こうして、争いもなく偏見は打ち破られ、長年の習慣によって築かれていた排他的な気持ちは捨てられ、異邦人にも福音を宣べ伝える道が開かれた。 AAJ 153.2