患難から栄光へ

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第21章 エーゲ海を渡る

本章は使徒行伝16:7~40に基づく AA 1435.5

福音が小アジヤの境界を越えて宣べ伝えられる時期は、すでに到来していた。パウロと彼の共労者たちが、ヨーロッパへ渡って行くための道は準備されていた。地中海沿岸にあるトロアスで「夜、パウロは1つの幻を見た。ひとりのマケドニヤ人が立って、『マケドニヤに渡ってきて、わたしたちを助けて下さい』と、彼に懇願するのであった」。 AA 1435.6

この召しは延期を認めぬ命令であった。「パウロがこの幻を見た時、これは彼らに福音を伝えるために、神がわたしたちをお招きになったのだと確信して、わたしたちは、ただちにマケドニヤに渡って行くことにした。そこで、わたしたちはトロアスから船出して、サモトラケに直航し、翌日ネアポリスに着いた。そこからピリピへ行った。これはマケドニヤのこの地方第一の町で、植民都市であった」と、パウロ、シラス、テモテに同行してヨーロッパへの旅を続けたルカが述べている。 AA 1435.7

「ある安息日に、わたしたちは町の門を出て、祈り場があると思って、川のほとりに行った。そして、そこにすわり、集まってきた婦人たちに話をした。ところが、テアテラ市の紫布の商人で、神を敬うルデヤという婦人が聞いていた。主は彼女の心を開い」たと、ルカは引き続き述べている。ルデヤは真理を喜んで受け入れた。彼女もその家族も改心してバプテスマを 受け、また、彼女の家に泊まるようにと彼女は使徒たちに懇望した。 AA 1435.8

十字架の使命者たちが教えを説いて回っていたとき、占いの霊につかれた女が彼らについてきて「この人たちは、いと高き神の僕たちで、あなたがたに救の道を伝えるかただ」と叫んだ。「そして、そんなことを幾日間もつづけていた」。 AA 1436.1

この女はサタンの特別な手先で、占いをして彼女の主人たちに多くの利益を得させていた。彼女の感化により偶像礼拝が盛んになっていた。サタンは自分の王国が侵略されていることを知って、神のみわざに反対するのにこうした手段を用い、福音使命を宣べ伝えている人々の教える真理に彼の誰弁を混ぜようと望んだ。この女が語る推薦の言葉は、人々の心を使徒たちの教えからそらし、福音の評判を傷つけるので、真理のみわざにとっては有害であった。その言葉によって多くの者は、み霊と神の力によって語っている人々が、このサタンの使者と同じ霊によって動かされていると信じさせられたのである。 AA 1436.2

しばらくのあいだは、使徒たちはこの反対に我慢した。それから聖霊の導きのもとに、パウロは悪霊に女から出て行けと命令した。彼女がたちまち黙ってしまったことから、使徒たちが神のしもべであり、悪霊が彼らを神のしもべとして認め、その命令に従ったのだとわかった。 AA 1436.3

女は悪霊から解放され、正常な心を取り戻すと、キリストに従う者となることを望んだ。すると彼女の主人たちは、自分たちの職業のことが気になってきた。彼らは、彼女の占いや予言から金銭を得る望みが全くなくなったこと、また、もし使徒たちに福音の働きを続けさせるならば、彼らの収入源がまもなく全く断たれてしまうことを知った。 AA 1436.4

そのほかこの町には、サタンの惑わしによって利益を得ることに関心のある者がたくさんいて、彼らは自分たちの仕事をいやおうなしにやめさせた力の影響を恐れ、神のしもべたちに向かって大声をあげて騒ぎ出した。彼らは使徒たちを長官たちの前に引き出して訴えた。「この人たちはユダヤ人でありまして、わたしたちの町をかき乱し、わたしたちローマ人が、採用も実行もしてはならない風習を宣伝しているのです」。 AA 1436.5

熱狂的な興奮をかきたてられ、群衆は、いっせいに弟子たちに反対して立ち上がった。騒ぎがおこる気配がひろがり、官憲はそれを知って、使徒たちの上着をはぎとり、彼らをむち打つように命令した。「それで、ふたりに何度もむちを加えさせたのち、獄に入れ、獄吏にしっかり番をするようにと命じた。獄吏はこの厳命を受けたので、ふたりを奥の獄屋に入れ、その足に足かせをしっかとかけておいた」。 AA 1436.6

使徒たちは苦しい姿勢のままに置かれていたので、激しい苦痛を味わったが、それでもつぶやかなかった。それどころか、真っ暗闇のみじめな獄屋の中で、彼らは祈りの言葉で互いに励まし合い、自分たちが神のためにはずかしめを受けるにふさわしいものとされたことを知って、神をさんびして歌った。彼らの心は、あがない主のみわざに対する深い、真実な愛によって元気づけられた。パウロは自分が手をかしてキリストの弟子たちを迫害に追いやったことを思い、かつては軽蔑していた輝かしい真理の力を見る目が開かれ、それを感じる心が開かれたことを喜んだ。 AA 1436.7

ほかの囚人たちは、奥の獄屋から祈りと歌が聞こえてくるのを、驚きながら聞いていた。彼らは、夜のしじまを破って聞こえてくる悲鳴やうめき、のろいや悪口には慣れていたが、陰気な地下室から祈りやさんびの言葉が上ってくるのをこれまで聞いたことがなかった。獄吏も囚人たちも驚き、寒さと飢えと責め苦にあいながら、なお喜ぶことのできるこの人たちはだれだろうかと、互いに語り合った。 AA 1436.8

やがて長官たちは、迅速果敢な手段で騒ぎを静めたことを喜びながら家へ帰った。しかし途中で彼らは、自分たちがむち打ちと投獄の刑に処した人たちの人となりと働きについて、さらにくわしいことを聞いた。彼らはサタンの影響力から解放された女を見て、彼女の容貌や態度の変化にはっと驚いた。これまで彼女は町に大変な迷惑をかけていたのだが、いまは静かで穏やかな人間になっていた。彼らは、おそ らく自分たちは罪のない2人にローマの法律の厳罰を課したのではないかと気がっき、自分で自分に腹を立て、翌朝になったらひそかに彼らを釈放して、群衆による暴力の危険のないところへ、町から送り出すように命令しようと決意した。 AA 1436.9

しかし、人々が残酷で復讐心に満ちていたあいだも、あるいは彼らにかかっている厳しい責任に対して怠慢の罪を犯していたあいだも、神はそのしもべたちに対して恵み深くあることをお忘れにならなかった。全天は、キリストのために苦しんでいる人々に関心をよせ、獄屋をおとずれるために天使たちがつかわされた。天使たちの足音に地はゆれ動いた。重いかんぬきのかかった獄屋の戸が開け放たれ、くさりと足かせは囚人たちの手足から落ち、明るい光が獄中にみなぎった。 AA 1437.1

獄吏は、獄屋に入れられた使徒たちの祈りと歌を、驚きながら聞いたのであった。使徒たちが獄に入ってきたとき獄吏は、彼らの腫れて血の滲んだ傷を見ていた。また自分も彼らに足かせをつけたのであった。だから、彼らの口からは当然、呻きや呪いが出てくるものと思っていた。しかし、それどころか、喜びとさんびの歌を聞いたのであった。獄吏は、耳にひびくこれらの音を聞きながら眠り込んでいたのだったが、獄屋の壁をゆさぶる地震で目が覚めた。 AA 1437.2

驚いて立ち上がった獄吏は、獄屋の戸が全部開いているのを見て狼狽し、囚人たちが逃げてしまったという恐怖が心にひらめいた。その前夜、パウロとシラスをしっかり監視しているようにとはっきり言い渡されていたことを思い出し、彼は、まぎれもないこの不覚は死でもって罰せられるであろうと思いこんだ。不名誉な刑罰に服するよりは、みずからの手で死んだほうがましだと、彼は悲痛な気持ちになった。彼が剣を抜いて自殺しようとすると、「自害してはいけない。われわれは皆ひとり残らず、ここにいる」と、元気づける言葉を語るパウロの声が聞こえた。囚人たちは、1人の仲間を通して働きかける神の力に引きとめられて、1人残らずもとの場所にいたのである。 AA 1437.3

獄吏は使徒たちを苛酷にあしらったが、彼らは怒らなかった。パウロとシラスは、復讐心ではなく、キリストの心を持っていた。救い主の愛に満たされていた心には、迫害者たちに恨みを抱くような余地はなかった。 AA 1437.4

獄吏は剣を落とし、明かりを呼び求めて、獄屋の中へ急いだ。残酷に取り扱われたにもかかわらず、親切でもって報いるとはなんと立派な人たちだろうと彼は思った。使徒たちのそばまで来て、彼は身を伏してゆるしを求めた。それから、2人を外に連れ出して言った、「先生がた、わたしは救われるために、何をすべきでしょうか」。 AA 1437.5

獄吏は地震によってあらわされた神の怒りを見て、恐れおののいた。囚人たちが逃げてしまったと思ったとき、自分の手で死ぬつもりでいたのであるが、今やこれらすべての事態は、彼の心をゆり動かす新しい不思議なおそれと、使徒たちが苦しみと虐待を受けながらも示した、落ち着きと快活さを自分も持ちたいと思う願いに比べれば、全く取るに足りないことのように思えた。彼は2人の顔に天の光がさしているのを見た。そして神が2人の命を救われるために、奇跡的な方法で干渉されたのだと知った。そして不思議な力で、霊にとりつかれた女の言葉が思い出されてきた。「この人たちは、いと高き神の僕たちで、あなたがたに救の道を伝えるかただ」。 AA 1437.6

獄吏は心からへりくだり、命の道を教えてほしいと使徒たちに頼んだ。「主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます」と言って、2人は「彼とその家族一同とに、神の言を語って聞かせた」。それから獄吏は使徒たちの傷を洗い、2人をもてなした。そしてのち、彼と家族はみな、2人からバプテスマを受けた。心を清める感化力は獄屋の囚人たちにも広まり、すべての者が心を開き、使徒たちの語る真理に聞き入った。2人が仕える神が、2人を奇跡的に束縛から解き放されたことを彼らは認めた。 AA 1437.7

ピリピの市民たちはその地震にひどくびっくりした。そして翌朝、獄屋の役人たちがその前夜の出来事を長官たちに報告すると、長官たちは驚いて、警吏らを つかわし、使徒たちを釈放させようとした。しかしパウロは、「彼らは、ローマ人であるわれわれを、裁判にかけもせずに、公衆の前でむち打ったあげく、獄に入れてしまった。しかるに今になって、ひそかに、われわれを出そうとするのか。それは、いけない。彼ら自身がここにきて、われわれを連れ出すべきである」と言った。 AA 1437.8

使徒たちはローマ市民であった。極悪な犯罪人のほかは、ローマ人をむち打ったり、公正な裁判なしにローマ人の自由を奪うことは不法であった。パウロとシラスは公然と投獄されたので、いま彼らは長官たちの側から正当な釈明もなしに、ひそかに釈放されることを拒否した。 AA 1438.1

この言葉が長官たちに報告されたとき、彼らは使徒たちが皇帝に苦情を申し立てるのではないかと恐れて、あたふたと獄屋に駆けつけ、パウロとシラスに自分たちのした不正で残酷な行為をわびたうえ、みずから2人を獄から連れ出して、町を去るように頼んだ。長官たちは市民に及ぼす使徒たちの影響力をおそれ、さらに、これら罪のない人々のために干渉された神の力をおそれたのである。 AA 1438.2

キリストから与えられる指示に従って行動していた彼らは、望まれていない場所に居続けようとは思わなかった。「ふたりは獄を出て、ルデヤの家に行った。そして、兄弟たちに会って勧めをなし、それから出かけた」。 AA 1438.3

使徒たちはピリピでの働きがむだだったとは思わなかった。彼らは大いに反対と迫害にあったが、獄吏とその家族の改心は、彼らが耐えた恥辱と苦痛をあがなう以上のものであった。2人が不正に投獄されて、奇跡的に救出されたことは、その地方一帯に知らされて、これがなかったら決して接することがなかったほどの多くの人々が、使徒たちの働きを知るようになった。 AA 1438.4

ピリピにおけるパウロの伝道により、教会が設立されるようになり、教会員が着実に増加していった。パウロの熱意と献身、それに何よりも、キリストのために喜んで苦しむその姿勢は、改宗者に深くゆるぎない感化を及ぼした。使徒たちが多くの犠牲を払っている尊い真理を、彼らは称賛し、あがない主のために彼らも心から献身した。 AA 1438.5

この教会が迫害を免れなかったことは、ピリピにあてたパウロの手紙に表されている。「あなたがたはキリストのために、ただ彼を信じることだけではなく、彼のために苦しむことをも賜わっている。あなたがたは、さきにわたしについて見……ているのと同じ苦闘を、続けているのである」とパウロは述べている(ピリピ1:29、30)。しかも、彼らの信仰はゆるぎないものであったので、パウロは、「わたしはあなたがたを思うたびごとに、わたしの神に感謝し、あなたがた一同のために祈るとき、いつも喜びをもって祈り、あなたがたが最初の日から今日に至るまで、福音にあずかっていることを感謝している」と言った(ピリピ1:3~5)。 AA 1438.6

真理の使命者たちが働きかけるようにと召されている重要な中心地において、善と悪の力がしのぎをけずって戦うその戦いは、恐るべきものである。「わたしたちの戦いは、血肉に対するものではなく、もろもろの支配と、権威と、やみの世の主権者……に対する戦いである」と、パウロは述べている(エペソ6:12)。終わりの時まで、神の教会と悪天使の支配下にいる人々との戦いは続くのである。 AA 1438.7

初期のクリスチャンは、しばしば、暗黒の力と直面するよう召された。敵は誰弁や迫害によって真の信仰から彼らをそらせようとする。地上のすべてのものの終わりが急速に近づいているこの現代においてサタンはこの世界を陥れようと必死の力をふりしぼっている。彼は人々の心を占領して、救いに欠くことのできない真理から注意をそらそうと、いろいろな計画を案出している。どの町でも彼の手下どもは、神の律法に反対する人々に徒党を組ませようと、懸命になっている。大欺瞞者は混乱と謀反の元となるものを持ち込もうと精を出し、知識によらない熱狂を人々にたきつけている。 AA 1438.8

悪はこれまで達したことのない頂点に達しつつあるが、なお、多くの福音伝道者たちは「平和で無事」 だと叫んでいる。しかし神の忠実な使命者たちは、使命を携えて着実に前進しなければならない。彼らは天の武具を身につけて、恐れず、誇らかに前進し、接することのできる魂が、1人残らず現代に与えられた真理の使命を受けるまで、戦い抜くのである。 AA 1438.9