患難から栄光へ

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第二八章   銀細工人たちの騒動

本章は使徒行伝一九章二一節-四一節、二〇章一節に基づく AAJ 314.1

エペソは三年以上にわたって、パウロの働きの中心地であった。繁栄した教会がここに立てられ、この都市から福音は、アジヤ州全体に、ユダヤ人にも異邦人にも伝えられた。 AAJ 314.2

使徒パウロはかなり長いあいだ、他の伝道旅行を思案していた。彼は「御霊に感じて、マケドニヤ、アカヤをとおって、エルサレムへ行く決心をした。そして言った、『わたしは、そこに行ったのち、ぜひローマをも見なければならない』」。この計画に合わせて彼は、「自分に仕えている者の中から、テモテとエラストとのふたりを、まずマケドニヤに送り出し」たが、エペソの働きのためにまだ自分の滞在が必要であると感じたので、ペンテコステの後まで自分はとどまることに決めていた。しかしまもなく、一つの事件が起こり、そのために彼の出発が早くなった。 AAJ 314.3

エペソでは、一年に一回、女神アルテミスのために特別な行事が催された。州の各地から大ぜいの人 人が集まってきた。この期間中、お祭りが最も盛大に、はなやかに行われた。 AAJ 314.4

このお祭りの期間は、新しく信仰にはいったばかりの人たちにとって試練の時であった。ツラノの講堂に集まった信者の一団は、お祭り気分にそぐわない異分子のように見られ、嘲笑と非難と侮辱とが容赦なく彼らに浴びせられた。パウロの働きは異教の礼拝に痛烈な打撃を与えており、その結果、異教のお祭りに参加しない者や、参拝に熱のこもらない者が目に見えて多かった。パウロの教えの影響は、信仰へと実際に改宗した人々よりはるかに広く及んでいた。新しい教えを公然とは受け入れていなかった者たちも、多くが、異教の神々に対する信頼をすっかり失ってしまうほどに、光を受けていた。 AAJ 315.1

不満の原因はもう一つあった。エペソでは、アルテミスの宮や像にかたどった小さな神殿や像の製造販売から、手広く利益の多い商売が発達していた。この産業に利害関係のある人々は、自分たちのもうけが少なくなって行くことに気がつき、このおもしろくない変化はパウロの働きのせいだと、みなで言い合っていたのである。 AAJ 315.2

デメテリオという銀細工人が、その職人たちを集めて言った、「諸君、われわれがこの仕事で、金もうけをしていることは、ご承知のとおりだ。しかるに、諸君の見聞きしているように、あのパウロが、手で造られたものは神様ではないなどと言って、エペソばかりか、ほとんどアジヤ全体にわたって、大ぜいの人々を説きつけて誤らせた。これでは、お互の仕事に悪評が立つおそれがあるばかりか、大女神アルテミスの宮も軽んじられ、ひいては全アジヤ、いや全世界が拝んでいるこの大女神のご威光さえも、 消えてしまいそうである」。これらの言葉が人々の激情をかり立てた。「人々は怒りに燃え、大声で、「大いなるかな、エペソ人のアルテミス」と叫びつづけた。」 AAJ 315.3

この演説の噂はたちまち広まり、「町中が大混乱に陥」った。パウロの捜索が行われたが、彼はどこにも見当たらなかった。危険を予知した兄弟たちが、パウロを急いで去らせたのである。使徒を守護するために神の天使たちがつかわされた。殉教者としてパウロが死ぬ時は、まだきていなかった。 AAJ 316.1

群衆は怒りをぶつける相手を発見できなかったので、「パウロの道連れであるマケドニヤ人ガイオとアリスタルコとを捕えて、いっせいに劇場へなだれ込んだ」。 AAJ 316.2

パウロのかくれ場所はそれほど遠いところではなかったので、彼はすぐに愛する兄弟たちの危険を知った。自分自身の安全など忘れて、彼はすぐに劇場へ行って暴徒たちに演説したいと望んだ。しかし、「弟子たちがそれをさせなかった」。ガイオとアリスタルコは、人々が探していた獲物ではなかったので、ふたりにひどい危害が加えられるおそれはなかった。しかし、もし、使徒パウロの心痛に青ざめた顔を見たら、群衆はすぐさま最悪の興奮状態となり、彼の命を救う可能性は全くないであろう。 AAJ 316.3

パウロは、大衆の前で真理を擁護したいとなおも望んだが、劇場から届いた警告の知らせに、ついに思いとどまった。「アジヤ州の議員で、パウロの友人であった人たちも、彼に使をよこして、劇場にはいって行かないようにと、しきりに頼んだ。」 AAJ 316.4

劇場の中では騒ぎがますます激しくなり、「ある者はこのことを、ほかの者はあのことを、どなりつ づけていたので、大多数の者は、なんのために集まったのかも、わからないでいた」。パウロとその弟子のある者たちがヘブル系であることから、ユダヤ人たちは、自分たちはパウロも彼の活動をも支持していないのだということをはっきり示しておかねばと思った。そこで彼らは、仲間のうちからひとりを前に押し出して、人々に説明しようとした。選ばれた演説者は職人たちの一人、銅細工人のアレキサンデルで、のちにパウロを大いに苦しめたものだとパウロが言っている者であった(テモテ第二・四ノ一四参照)。アレキサンデルはかなり能力のある男で、彼は全精力を傾けて、人々の怒りをひたすらパウロとその弟子たちに向けさせようとした。しかし群衆は、アレキサンデルがユダヤ人だとわかると、彼を押しのけて、「みんなの者がいっせいに『大いなるかな、エペソ人のアルテミス』と二時間ばかりも叫びつづけた」。 AAJ 316.5

とうとう、人々は、へとへとに疲れ切り、騒ぎをやめた。そして一瞬の沈黙があってのち、市の書記役が群衆の注意を引き、役職の力で発言の機会を得た。彼は人々の立場に立って話し、このような騒ぎを起こす理由はないのだと説明した。彼は人々の理性に訴えた。「『エペソの諸君、エペソ市が大女神アルテミスと、天くだったご神体との守護役であることを知らない者が、ひとりでもいるだろうか。これは否定のできない事実であるから、諸君はよろしく静かにしているべきで、乱暴な行動は、いっさいしてはならない。諸君はこの人たちをここにひっぱってきたが、彼らは宮を荒す者でも、われわれの女神をそしる者でもない。だから、もしデメテリオなりその職人仲間なりが、だれかに対して訴え事がある なら、裁判の日はあるし、総督もいるのだから、それぞれ訴え出るがよい。しかし、何かもっと要求したい事があれば、それは正式の議会で解決してもらうべきだ。きょうの事件については、この騒ぎを弁護できるような理由が全くないのだから、われわれは治安をみだす罪に問われるおそれがある』。こう言って、彼はこの集会を解散させた。」 AAJ 317.1

デメテリオは演説の中で、「これでは、お互の仕事に悪評が立つおそれがある」と述べたが、こうした言葉は、エペソにおける騒動の本当の原因、また、使徒たちの活動に伴った迫害の主な原因を、明らかにしている。デメテリオや仲間の職人たちは、福音が教え広められることによって、偶像造りの商売が危機にひんするのを見た。異教の祭司や職人たちの収入は危うくなった。この理由で、彼らはパウロに激しく反対したのである。 AAJ 319.1

市の書記役やその他要職にある人々の裁定で、パウロは不法な行為に何の関係もない者であることが人々の前に明らかにされた。これは誤謬ごびゅうと迷信に対するキリスト教の再度の勝利であった。神は、ご自分の使徒を弁護し、騒いでいる暴徒を静めるために、一人の偉大な長官をお立てになったのであった。パウロは自分の生命が保護され、またエペソの騒動でキリスト教に汚名がきせられなかったことで、神への感謝の念に満たされた。 AAJ 319.2

「騒ぎがやんだ後、パウロは弟子たちを呼び集めて激励を与えた上、別れのあいさつを述べ、マケドニヤへ向かって出発した。」この旅では、ふたりの忠実なエペソの兄弟、テキコとトロピモがパウロの 同行者であった。 AAJ 319.3

エペソにおけるパウロの働きは終わった。ここでのパウロの伝道は、絶えまない働きと多くの試練と深い苦悩の連続であった。彼は公衆の面前で、また家ごとに訪問して人々を教え、多くの涙をもって彼らを教育し、また注意を与えた。彼はたえずユダヤ人から反対された。彼らはどんな機会ものがさず、パウロに対する民衆の反対をかきたてたのである。 AAJ 320.1

こうして、反対と戦い、たゆまない熱意をもって福音事業をおし進め、まだ信仰的に若い教会の利益を守りながら、一方、パウロはすべての教会に対する重い責任を心に負っていた。 AAJ 320.2

パウロが建てた教会のうちのあるところで、背信が起きたという知らせは、彼を深く悲しませた。彼らのためにささげた努力がむだになるのではないかと彼はおそれた。彼の働きを妨げるために用いられた方法について知ったとき、彼は幾夜も眠れぬまま祈りと真剣な思いのうちに過ごした。機会があるごとに、また彼らの状況に応じて、彼は叱責、勧告、訓戒、激励の手紙を教会に書き送った。このような手紙の中で、使徒は自分自身の試練についてくどくど述べてはいないが、しかしキリストのための彼の骨折りや苦しみについて、時おりかいま見ることができる。むち打ちや投獄、寒さと飢えと渇き、陸路や水路での危険、町や荒野での危険、同国人や、異邦人や、偽兄弟たちから受ける危険など、こうしたことすべてを、彼は福音のために耐えた。彼は「ののしられ」、「はずかしめられ」、「人間のくずのようにされ」、「途方にくれ」、「迫害され」、「四方から患難を受け」、「いつも危険を冒し」、「イエスの ために絶えず死に渡されてい」た。 AAJ 320.3

絶えまない反対の嵐と、敵の怒号と、友の離反のさ中にあって、さすが剛毅ごうきなパウロもくじけそうになることがあった。しかし彼はカルバリーの十字架をふり返り、新たな熱意に燃えて前進し、十字架につけられたイエスについての知識を宣べ伝えた。彼は、自分の前を歩かれたキリストの血だらけの道を、歩いているにすぎなかった。彼はあがない主の足もとに武装を解くまで、戦いから解放されたいと願わなかった。 AAJ 321.1